「あなたの力が必要」その日のために
精神科医・香山リカ
これを読んでいるあなたは、とりあえず今は安全な場所にいるのだろうか。
だとしたら、どういう状況であるかにかかわらず、まずは「私は、大丈夫」と自分に声をかけ、安心させてあげてほしい。
もちろん、親族や友人と連絡が取れなかったり避難所や病院にいると聞かされたりして、「とても、自分を安心させるなんて無理だ」と思う人もいるだろう。
懸命の救援活動の映像を見ながら、「自分のことなんて、今はとても考えられない」と憤りにも似た気持ちを抱く人もいるかもしれない。
それでも私は、「まず自分を励まして」と言いたいのだ。
日本を襲った未曽有の大惨事。
今はこの国に住むほとんどの人たちが、この大災害に関する情報、そしておびただしい映像に連日、接し、これまでとは違った毎日を送っている。
たとえ直接、大きな揺れを感じたり津波を目撃したりしていない人でも、かなりリアルな「疑似体験」をしていると言っていい。
そうなると、私たちの心は、被災地にいる人にも匹敵するような大きなダメージを受ける。
そこには心の傷、つまりトラウマも発生する。
実際、テレビの映像だけから深刻なトラウマ後遺症が発症した例が、アメリカの同時多発テロの後、いくつも報告されている。
眠れない。
不安で胸がザワザワする。
気持ちが落ち込んで無気力になる。
逆に、「何かしたい」と思い、目的もないまま動きまわってしまう。
人と話していてもやたらとイライラする。
これらは、すでに心が深刻な傷を受けていることを意味している。
被災地で実際に大きな打撃を受けた人が無数にいるのに、そこから離れた場所にいる人までが、トラウマで心身を病んでしまったらどうなるだろう。
助けの手を差しのべるべき立場にいる人が、心のケアを必要とするようになる、といった事態は、何としても避けなくてはならない。
これからは、日本中がお互いを支え合い、励まし合って、立ち直っていかなくてはならないのだ。
そのためにも、まずすべきことは、自分で自分を守ること。
そうできる人は、ゆっくり体を休め、食事をきちん取り、お風呂に入って体をあたためる。
「被災地の人に申し訳ない」と思う気持ちもわかるが、そうやって自分を維持することが直接、被災していない人の義務だと思う。
「あなたの力が必要」と言われるその日に備え、自分の生活と健康を守る。
それが今、私たちにできる最大限のことなのではないだろうか。
東日本大震災の発生を受けて、本紙(北海道新聞社)生活面でコラム「ひとつ言わせて」を連載している精神科医の香山リカさんに、「私たちができること」と題して一文を寄せてもらった。