日本人はなぜ「論理思考が壊滅的に苦手」なのか
「出口治明×デービッド・アトキンソン」対談
日本が立たされている苦境の根本を探ると、何が見えてくるのか。どのようにすれば、この苦境から抜け出せるのか。
近著『知的生産術』で生産性を高める働き方を説いた出口治明氏と、同じく近著『日本人の勝算』で日本が再び「一流先進国」に返り咲く方法を明らかにしたデービッド・アトキンソン氏。2人の対談が2019年6月に実現した。その模様をお届けする。
なぜ日本人は、ここまで「のんき」なのか
出口治明(以下、出口):アトキンソンさんが以前書かれた「日本人の議論は『のんき』すぎてお話にならない」という記事を読ませていただきました。そこで述べられているとおり、日本が置かれている状況は非常に厳しいのに、それを理解している人が少なすぎます。僕もまったく同感です。
平成の30年間のデータを見ると、日本がいかに危機的な状況にあるかは一目瞭然です。
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GDPの世界シェアを購買力平価で計算してみると、約9%から4.1%に減少。IMDの国際競争力は1位から30位に陥落。平成元年には時価総額の世界トップ企業20社のうち、14社が日本企業だったのに、今はゼロです。これで危機感を持たないほうがおかしいと思います。
ただ、僕もアトキンソンさんがご著書で常に述べておられるとおり、日本人の実力はこんなものではないと信じているので、なんとか奮起してほしいと考えています。
日本人がこんなにものんきになってしまったのは、高度経済成長の成功体験が大きすぎたことにあるのではないかと私は考えていますが、アトキンソンさんはどうですか。
デービッド・アトキンソン(以下、アトキンソン):いちばんの原因は、日本人が「分析をしない」ことにあると思います。
たしかに高度経済成長期、日本のGDPは世界の9%弱まで飛躍的に伸びました。それは事実です。
しかしそのとき、「日本ってスゴイ!」と喜ぶだけで、何が成長の要因だったかキチンと検証しませんでした。さらには「日本人は手先が器用だから」とか、「勤勉に働くから」とか、「技術力がある」からなど、直接関係のないことを成長要因としてこじつけてしまい、真実が見えなくなってしまったのです。
出口:データで検証してこなかったのですね。
アトキンソン:そうです。私が卒業したオックスフォード大学に、リチャード・ドーキンスという生物学の先生がいます。私は彼の講義を聴講したことがあるのですが、面白いことを言っていました。
彼によると、人間の脳は、アフリカの大草原に暮らしていたときとあまり変わらないのだそうです。
どういうことかと言うと、草原で暮らしていた当時の人類は、丈の高い草の中で何かの音が聞こえたら、反射的に逃げます。なぜなら、「あの音は何だ!?」と考えたり、エビデンスやデータを取って調べ始めたりすると、ライオンに襲われて食われてしまうからです。条件反射で逃げるという行動が進化したのです。
そのためデータを取ったり、エビデンスを確認したりしてロジカルに考えることが、人間のDNAの中には組み込まれていないのだそうです。
ドーキンス教授流に言うと、「高度成長した=日本人すごい」「技術力があるから日本経済は復活する」「ものづくりで大丈夫」と直感的に決めつけてエビデンスやロジックを求めない頭の使い方は、こういう野生時代から進歩していない、と言えます。
最大の問題は「マネジメント層」にある
出口:例えば高度成長期には、日本は年平均7%も成長したのですが、その成長に何が寄与したのか分析できていないのは、おっしゃるとおりですね。分析すれば人口増加の寄与度がいちばん大きかったという、アトキンソンさんが分析したとおりの結果が出ます。
しかし、こういう当たり前の分析を行わずに「日本人は器用だから」「協調性があるから」「チームワークがあるから」成長したと思い込んで、根拠なき精神論のままこれからもやって行こうとしても、世界の新しい変化に対応できるはずがありません。
驚くことに、いまだに「欧米の強欲な資本主義とは違い、日本の経営はすばらしい、三方よしだ」などと言う評論家や学者がいるのも事実です。僕は彼らにいつも、次のように質問しています。
「日本の経営がすばらしいのなら、なぜアメリカ、ヨーロッパ、日本という3つの先進地域の中で、日本の成長率がいちばん低いのか」「なぜ日本人は年間2000時間も働いているのに、1%しか成長しないのか」「なぜヨーロッパは1500時間以下の短い労働時間で2%成長しているのか」
まともな答えが返ってきたことは一度もありません。
この問いの答えは、日本のマネジメントがなっていないということ以外にはないのですが、それを的確に答えられる人が実に少ない。こういう当たり前のことを、「原点から考える」訓練ができていないところがいちばんの問題ではないかと思います。
アトキンソン:日本の所得が少なく、生産性も低い。その結果社会保障制度が不健全になってしまったというのも、労働者の問題ではなくマネジメントの問題です。
アトキンソン:1990年代以降の生産性向上要因を分析すると、人的要素も物的要素もほかのG7諸国とほとんど変わりません。しかし、マネジメントが最も関係する生産性向上要因(全要素生産性)は、諸外国ではものすごく伸びているのに、日本ではほとんど伸びていません。
つまり、日本に決定的に不足しているのはマネジメントだということは、はっきりとエビデンスとして出ているのです。やはり、日本の経営者は才能がない。失われた30年の根本原因はマネジメントが悪いから、それに尽きます。
こういう話をすると「衝撃的です」と言われてしまう。なぜこれが「衝撃的」なのか。
私は政府関係者と話をする機会が多いのですが、日本経済を議論するときにテーブルに座っているのは、日本という国家のマネジメントをやっている国会議員と、企業のマネジメントをやっている経団連や経済同友会、または商工会議所の人たち。
つまりは日本のマネジメントを中枢でやっている人たちです。日本経済の問題点について彼らと議論をしても、マネジメントに問題があるというものすごい単純なことは、なかなか理解してもらえません。なぜなら、彼らにとっては自分たちが悪いと認めることになるからです。
「ロジカルに考える」という当たり前ができていない
出口:日本のマネジメントがダメなのは、データを軽視し、自分の経験(エピソード)や思い込みだけで物事を判断してしまうからだと思います。例えば、いま世界を席巻しているのは、GAFAでありユニコーンですよね。しかし、そういう企業を強欲資本主義の象徴だと思っている日本の経営者がいっぱいいます。
僕はそういう人たちに、よくGoogleの人事部の話をします。Googleの人事部は社員の管理データのうち、国籍・年齢・性別・顔写真、これらすべてを消してしまったそうです。そんなものは必要ないからと。
人事を決めるのに必要なのは、今やっている仕事と過去のキャリアと将来の希望だけ。男か女か、歳はいくつだとかは一切関係ないというのが彼らの考え方で、こちらのほうがはるかに人間的です。世界の優れた企業は社員をとても大事にしている、だからこそいいアイデアがどんどん出てくるという好例だと思います。
日本の会社は社員を大事にしていると思っている経営者が少なくありませんが、それは本当でしょうか。きちんとデータで確認した人はいるのでしょうか。僕には単なる思い込みであるとしか考えられません。
アトキンソン:日本という国のマネジメントを行っている役人も、思い込みに縛られて、楽観的というかはやり言葉に流されて、考え方が甘い傾向があります。
以前、霞が関の会議に出席した際、「ロボットとAIなどの日本の最先端技術によって、日本経済は復活する」などと話していました。ですが最先端技術は、ずっと以前からあるのです。それが今まで普及してこなかったのはなぜかという産業構造の問題を検証することなくそんな主張をされても、論理が通っているとは思えません。
たとえ最先端技術があっても、誰も使わないならないのと同じです。「普及」こそが問題なのです。AIさえあればうまくいくというのは、念仏さえ唱えていれば極楽浄土に行けるという話と変わりません。しかも、それに気がつく人すら誰もいない。で、私が自分の意見をぶつけてみると、何か「宇宙人が来た」みたいな反応されました。
その会合の後で「さすが外人さんは見る目が違いますね」といったことを言われたのですが、外人だから考え方が違うのではありません。手前味噌ですが、「脳みそを使っている人」と「使っていない人」の違いなのではないかと最近よく思います。国籍が違うのはたまたまです。
出口:僕も地域おこしの政府の審議会などによく呼ばれるのですが、面白いものを作ったり、面白い人を呼んでくれば、その地域の関係人口が増えるからやるべきだという話がよく出ます。そのこと自体は正しいのでしょう。
しかし、日本全体で見れば人口が減っていくのだから、そうやって地方に来る人を増やしてもゼロサムゲーム以上にはならない。出生率を上げるとか、訪日外国人を増やすにはどうしたらいいかなど、国全体の話をしなければ全体最適にはなりません。
また、東京は豊かだから、東京からもっと地方へ人やお金をシフトしようと言う人もいます。しかし、東京は日本でいちばん生産性の高い場所です。それでも香港やシンガポールとの競争には負けつつある。
日本のエンジンである東京を弱くするという発想は、どう考えてもおかしい。むしろ、東京をもっと強くして、香港やシンガポールを圧倒しなければいけないという発想を持たないと、地域も発展しません。
こんな議論を僕はいつもするのですが、すると「おっしゃっていることはよくわかりますけれども、この審議会は地域おこしのことをやっているので……」という話になってしまいます。
僕は日本人ですが、どちらかと言うと変わったキャリアの持ち主です。だから「出口さんのような変わった人の意見を聞けて面白いですね」と、アトキンソンさんと同じようなことをよく言われてしまいます。
僕にしてみれば、数字・ファクト・ロジックで考えたら、誰でも思いつく普通の意見を言っているだけなのですが、社会常識と合わない意見は、外国人だったり変人の意見ということになってしまう。これが、この国の根本的な衰退の原因のように感じます。
アトキンソン:本質を無視してしまうのは、大問題です。
出口:アトキンソンさんは哲学者デイヴィッド・ヒュームの故郷、イギリスのお生まれですよね。ヒュームという人は、因果関係を徹底的に疑った人なので、今度似たような議論になったら「ヒュームを1回読み直してから議論しませんか」と言うのがいいかもしませんね。
アトキンソン:最近いつも、こう言っています。「首の上にある重い塊を、皆さん毎日毎日運んでいるのですから、たまには使ったらいかがですか」って。重いんですから(笑)。
あまりにも「勉強」を軽視している日本人
出口:実は最近、アトキンソンさんに倣って「日本人はなぜ勉強しないのか」をデータで分析したのですが、答えは割と簡単でした。
まず、第1に大学進学率が低いのです。確か52%ぐらい。日本は大学に行かない国です。OECDの平均が6割を超えていますからね。
さらに大学の4年間でほとんど勉強しません。これは企業の採用基準が悪い。採用のときに大学の成績や読んだ本のことは一切聞かずに、ボランティアの経験を話してごらんなどと言っているわけです。だから、エントリーシートに書くためにボランティアをやるというような、本末転倒な状況が生まれてくるのです。
さらに大学院生は使いにくいなどと言って企業が採用しないから、大学院に行く人が少ない。日本の大学院生の比率は先進国の中で最低レベルです。
アトキンソン:大学で何を学ぶのかについても、誤解している日本人が少なくありません。
以前、ある大学の方から「ロジカルシンキングの授業をつくりたい」と相談されたことがあります。あぜんとしました。これまで何を教えていたのでしょうか。
大学で学ぶべきことなど、「ロジカルシンキング」以外にはありません。サイエンス、経済、法律、文学などは、もちろんそれ自体大切ではあるものの、基本的にはロジカルシンキングを学ぶための「材料」です。材料が現実の仕事に生かせるとは限りませんが、ロジカルシンキングは必ず、その後の人生に生きてきます。
出口:本来なら、大学を出た後でもロジカルシンキングの能力は伸ばせます。しかし、就職したら年間2000時間労働で、飯・風呂・寝るの生活。勉強する時間などありません。
さらに2000時間労働した後で、同僚同士で飲みに行ってお互いに調子を合わせて時間を浪費する。日本は構造的に勉強できない国になってしまっているのです。
この状況をどこから直せばいいかと言えば、意外と簡単です。経団連の会長や全銀協の会長が、大学の成績で「優」が7割未満の学生の採用面接はしないと宣言する。あるいは卒業してから成績証明書を持って企業訪問させればいいのです。成績採用になったら、さすがに勉強するようになるでしょう。
それから、残業規制を強化して徹底的に勉強させる時間をつくればいいのです。こうやって、無理やりにでも行動を変えさせない限り、日本の低学歴化は是正されません。
新しい産業やイノベーションを起こすには、基本的にはダイバーシティーと高学歴が必要です。高学歴というのは、ドクターやマスターといった学位を持っているということではなく、好きなことを徹底して勉強し続けるという意味です。
人間の限界を理解し、データとロジックで補強せよ
アトキンソン:出口先生もご存じだと思いますが、アメリカの経営学の学会では、マネジメントが完全にサイエンスになっています。
なぜそうなったのかというと、そもそも人間の頭をそのままにしておく、すなわち草原の本能のままでは、ろくなモノができないからです。だから大学が必要で、経営者教育も必要で、株主がいて助言させる。社長の勝手な思い込みで好き勝手にさせないようになっているのです。
たった1人の頭の中で、データもエビデンスもロジカルシンキングもなく精神論だけでやるどうなるか。歴史を振り返ると、大当たりする可能性もゼロではありませんが……。
出口:でも、確率的に言ったらたいてい失敗しますよね
アトキンソン:そうです。たいてい失敗します。
今の日本の経営者がまるでなっていない理由は、大草原に住んでいた頃の頭のままで経営をしようとしている、ただ単にそれだけだと思います。別に人間として能力が低いわけではありません。
人口増加によって、日本の経営者は一見すばらしく見えていました。しかし人口が減少するようになったために、その弱点が表面化してきたのだと思います。
人口減少という危機に直面している以上、極めて高度な経営が求められています。しかし今の経営者は、自分たちが変わらないといけないということに気づいていないのです。
ほかの先進国ではすでにこのことに気がついています。人間の限界を理解している。ビッグデータはその象徴的なものだと思いますが、とにかくデータで徹底的に分析することによって、勝手な思い込みをする人間の欠点を取り除く経営が進んでいるのです。
出口:今日お話をさせていただいて、日本のマネジメントの問題を改めて考えさせられました。
マネジメントのトップ、つまりリーダーたちが勉強して意識を変えれば、日本も変わると思います。その意味でも、リーダーこそアトキンソンさんの本をきちんと読んで、根拠なき思い込みを捨てなければいけませんね。
https://toyokeizai.net/articles/amp/288272