平成28年10月23日

平成28年度自衛隊記念日観閲式

安倍内閣総理大臣訓示

 

 

 

3年ぶりに、再び、この朝霞の地で観閲式に臨み、隊員諸君の勇姿に接することができ、大変嬉しく思います。士気旺盛なる諸君の姿を前に、最高指揮官として、大いに心強く、改めて、身の引き締まる思いであります。

冒頭、諸君たちへのメッセージを、一つ紹介します。

「自衛隊の皆さんには、感謝の上にも、感謝している。」

この言葉は、先月、北海道視察の際、台風10号で被災した町の町長が、私に語ったものです。

台風によって水道施設が損傷し、断水が続く町では、不自由な生活を強いられ、住民の皆さんの疲労も極限に達していました。そうした中で、自衛隊による給水支援、入浴支援が始まった。温かいお風呂につかり、町の人たちにも笑顔が戻ってきたといいます。

「まず何よりも、自衛隊の皆さんへの感謝の気持ちを伝えてほしい」。町長は、町の皆さんから、こう言われたそうであります。

熊本地震、相次ぐ大雨。自然災害の現場には、必ず、諸君たちの姿がありました。不安な時を過ごす被災者の皆さんにとって、それは、まさに「希望の光」であったと思います。

熊本地震では、多くの隊員諸君も被災者となり、中には、御家族が避難所での生活を余儀なくされた隊員もいます。

それでもなお、すべては国民のため、直ちに、現場へと駆けつけてくれた。危険も顧みず、夜を徹して、懸命の捜索・救助活動にあたり、被災者の不安な心に寄り添いながら、生活支援に全力を尽くしてくれました。

「真に国民のための自衛隊たれ」

3年前、この場所で訓示した、自衛隊創設以来のこの素晴らしい理念を、その身を持って、実践してくれる隊員諸君を、大いに頼もしく感じます。

そして、今、国民から揺るぎない信頼を勝ち得た、諸君たちを、私は、本当に誇りに思います。

世界もまた、自衛隊を頼りにし、高い期待を寄せています。カンボジアPKOに始まる、自衛隊の国際貢献の歴史は、はや20年を超えました。
今も、日本から1万1千キロ、灼熱のアフリカで、南スーダンの自立を助けるため、汗を流す隊員たちがいます。アフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカ、南太平洋の島国など世界の60を超える国々が、日本の自衛隊と共に、国連PKO活動に従事しています。

首都ジュバでは、カンボジアの部隊も、共に活動しています。その若い女性隊員が、ある時、自衛隊員にこう話しかけてきたそうであります。

「約20年前、日本は、私の国を支えてくれた。」

内戦に苦しんだカンボジアが、国連PKOの下、平和への道を歩み始めた90年代初頭、まだ幼い少女であった、その隊員は、こう続けたそうであります。

「日本が、私たちにしてくれたことを、今、こうして、南スーダンの人たちに、返せることを誇りに思う。そして、アフリカのPKOに参加できるまでになったカンボジアの姿を、日本人に知ってもらえて、嬉しい。」

20年余り前、日本の自衛隊が、カンボジアの大地に植えた「平和の苗」は、今、大きな実を結び、遠く離れたアフリカの大地で、次なる「平和の苗」を育もうとしています。

世界で193番目の最も新しい国連加盟国。南スーダンは、生まれたばかりの、「世界で一番若い国」であります。

ジュバ近郊で道路整備に励む自衛隊員の周りには、決まって、近所の子供たちが集まってくるそうであります。

あふれるような笑顔で、隊員たちに手を振りながら、自衛隊の活動を見つめる子供たちの眼差し。彼らは、将来、きっと、南スーダンの平和な未来を切り拓く原動力となるに違いありません。そして、いつか、あのカンボジアの幼かった少女と同じように、世界の平和と繁栄に力を尽くしてくれる。そう願っています。

世界に「平和の苗」を植える。その大きな志を持って、この、危険の伴う、自衛隊にしかできない責務を、立派に果たしてくれている諸君に、心から敬意を表します。今後も、諸君には、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、国際的な舞台で活躍してもらいたい。大いに期待しています。

戦後、日本はひたすらに平和国家としての道を歩んできました。今後も、その歩みが、変わることはありません。

国際情勢が激変する時代にあって、国際社会と手を携えながら、平和国家としての歩みを、更に力強いものとする。そのための決断が、平和安全法制であります。

北朝鮮による核実験、繰り返される弾道ミサイルの発射。この一年、我が国を取り巻く安全保障環境は、目まぐるしく変化しました。

そうした中にあっても、平和安全法制により、日本を守るため、日本と米国が互いに助け合うことができるようになった。同盟の絆は、さらに強固なものとなりました。

「日米は、一層緊密に、協力できるようになった」。オバマ大統領も、そう明言しています。

米国だけではありません。平和安全法制は、世界から、支持され、高く評価されています。先の大戦で戦場となったフィリピンを始め、東南アジアの国々、豪州やインド、欧州の国々、ASEANやEUからも、強い支持を得ています。

これは、平和安全法制が、我が国の平和と安全を守り、世界の平和と安全、そして繁栄に寄与するものである。そのことの、何よりの証であります。

この法制によって、諸君たちには、新しい任務が与えられることとなります。それらは全て、この尊い平和を、守り抜き、次の世代へと引き渡していく。そのための任務であります。

隊員諸君には、そのことを肝に銘じ、かけがえのない平和の守り神として、精強なる自衛隊をつくりあげてほしいと願います。

今、この瞬間も、全国のレーダーサイトでは、瞬きさえすることなく、空を睨み続ける隊員たちがいます。国籍不明機を追いかけ、躊躇することなく、一直線に成層圏へと駆け上がる、スクランブルに備えるパイロットたちがいます。

ファスト・フォースの諸君は、いつ、いかなる時でも、真っ先に助けを求める国民の元へ駆けつけるべく、即応態勢をとっています。

海の上では、イージス艦が、来る日も来る日も、最前線で警戒を続けています。乗組員たちは、日本海の荒波に耐え、極度の緊張感に耐えながら、弾道ミサイルの脅威に備え、最高度の態勢を維持しています。

ひとたび洋上に出れば、数か月、家に戻ることはできない。身重の奥さんを残し、家族の健康と、まだ見ぬ我が子の順調な成長を祈りながら、任務にあたった隊員もいます。

24時間、365日、自衛隊は眠りません。我が国の領土、領海、領空は、断固として守り抜く。その強い決意を持って、厳しい安全保障環境の下、この困難な任務を黙々と果たす諸君に対し、この機会に改めて、心からの感謝の意を表したいと思います。

イージス艦一筋。一人の海上自衛官が、5日前、31年に及ぶ自衛隊人生に幕を下ろしました。

「父は、ほとんど家にいなかった。たまにいても、ゴロゴロしていた。」

高校2年生となった息子さんは、そうした父親に反発した時期もあったそうです。

今月、同じ艦(ふね)の仲間が開いた送別会に、息子さんも招待されました。

その場で目にした写真には、家では見たことのない厳しい表情で、真剣に任務に打ち込む、若かりし日の、制服を着たお父さんの姿がありました。

乗員たちからは、お父さんがミサイル防衛の最前線でいかに重要な役割を果たしてきたか、どれだけ多くの後輩たちから尊敬を集めてきたか、代わる代わる、話を聞いたそうであります。

送別会の最後、マイクを握った、その息子さんは、こう述べたそうであります。

「父の背中が、今日ほど大きく、偉大に見えたことはありません。」

そして、こう語りました。

「僕も、お父さんのように、立派な自衛官になります。」

本日、この場所には、隊員たちの御家族の皆様も、たくさんいらっしゃっています。

皆様。どうか、誇り高き、彼らの姿を、よく御覧ください。

彼らの存在があったればこそ、日本は、平和と繁栄を享受することができる。国民の命と平和な暮らしは、間違いなく、彼らの献身的な努力によって守られています。この崇高なる任務を、高い使命感と責任感で全うする彼らは、日本国民の誇りであります。

御家族の皆様。

大切な伴侶やお子様、御家族を、隊員として送り出して下さっていることに、最高指揮官として、心から感謝申し上げます。

皆さんの支えがあるからこそ、彼らは、全力を出し切り、国民の命と平和な暮らしを守ることができる。本当に、ありがとうございます。彼らが、しっかりと任務を遂行できるよう、万全を期すことを、改めて、お約束いたします。

隊員諸君。

私と日本国民は、常に、諸君を始め全国25万人の自衛隊と共にある。その誇りと自信を胸に、それぞれの持ち場において、自衛隊の果たすべき役割を全うしてください。

常に自らの職責の重要性に思いを致し、日本と世界の平和と安定のために、益々精励されることを切に望み、私の訓示といたします。

 

 

平成28年10月23日

自衛隊最高指揮官

内閣総理大臣

安倍 晋三

 

 

 


 

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